Share

追放令嬢のスローライフなカフェ運営 ~なぜか魔王様にプロポーズされて困ってるんですが?~
追放令嬢のスローライフなカフェ運営 ~なぜか魔王様にプロポーズされて困ってるんですが?~
Author: 月城 友麻

1. 晴れて追放

last update Last Updated: 2025-10-22 23:41:56

 ――やった! ついに追放だわ!

 王立学園の卒業パーティー。天井から降り注ぐシャンデリアの光が、まるで祝福の雨のようにシャーロット・ベルローズを包んでいた。彼女は涙に濡れた頬を震わせながら――もちろん演技だが――内心では喜びのあまり踊り出したい衝動を必死に抑えていた。

「シャーロット・ベルローズ! 貴様はこの三年間、聖女リリアナ様を|陥《おとしい》れようと数々の悪行を重ねてきた!」

 金糸の刺繍が施された純白の礼服に身を包んだエドワード王子が、まるで正義の執行者のように腕を振り上げる。その美しい顔は義憤に歪んでいたが、シャーロットにはそれが滑稽にしか見えなかった。

(ええ、そうね。聖女が私の悪行をでっちあげ続けていたことは知ってたわ)

 彼女は八年前――十歳の誕生日に高熱で倒れた夜――前世の記憶と共に知ったのだ。自分が乙女ゲーム『聖女と五つの恋』の悪役令嬢であり、二十歳で処刑される運命にあることを。

 処刑の真の理由は、疫病による王都の衰退の責任をなすりつけ合う醜い権力闘争。とばっちりで王子に処刑されるのだ。

(だからこそ、私は必死に働いてきたのよ)

 前世で製薬会社の研究員だった記憶。その知識を総動員して、シャーロットは密かに王都を守ってきた。石鹸の普及、上下水道の整備計画、そして――――。

「その上、貴様は得体の知れない薬を王都にばらまき、人々を惑わせた!」

 エドワードの糾弾に、シャーロットの胸が小さく痛んだ。

(得体の知れない薬……そう呼ばれてしまうのね、私の心血を注いだペニシリンが)

 何度も失敗を重ね、カビの胞子で喉を痛め、消毒薬で手を荒らしながら作り上げた抗生物質。それは確かに多くの命を救った。だが、公爵令嬢がなぜそんなものを作れるのか――その疑問に答えることはできない。

「も、申し訳ございません……」

 シャーロットは震え声で謝罪しながら、ゆっくりと膝を折った。ドレスの裾が床に広がり、まるで白い花が咲いたようだった。完璧な敗北の構図。観衆たちの満足げなざわめきが聞こえる。

「もはや言い訳は聞かぬ! シャーロット・ベルローズ、お前に国外追放を言い渡す! 二度とこの国の地を踏むことは許さぬ!」

 その瞬間――――。

(きたきたきたきた! ついに来たわ、私の解放記念日!)

 シャーロットの心の中で、盛大な祝砲が鳴り響いた。これで処刑は無いわ! もう二度と、深夜の地下室で危険な実験をしなくていい。もう二度と、正体を隠してこそこそと働かなくていい。もう二度と、この息苦しい宮廷で演技をしなくていいのだ!

「あ、ありがたき……お慈悲……」

 声を震わせながら立ち上がり、シャーロットはよろよろと退場した。重い扉が閉まった瞬間、彼女は人目もはばからず小さくガッツポーズをした。廊下を歩く足取りは、まるでスキップでもしそうなほど軽やかだった。

 自室に戻り、簡素な旅支度を整える。

 机の上には、一冊のノートと封筒。ノートには、八年間かけて完成させたペニシリンの精製方法が、誰にでも分かるように丁寧に記されている。

「これで、私の役目は終わり」

 シャーロットは優しい手つきでノートを封筒に入れ、表に『聖女リリアナ様へ』と記した。

(きっと、最初は『カビなんて汚い』と言うでしょうね。でも、いずれ理解してくれるはず。ペニシリンの効果も上がり始めているのだから)

 窓の外を見れば、みすぼらしい幌馬車が一台、ぽつんと佇んでいた。追放令嬢に与えられる最低限の移動手段。だが、シャーロットにとっては黄金の馬車にも勝る価値があった。

 最後に一度、部屋を見回す。

 あの片隅で、初めて石鹸を作った日。

 窓辺で、上下水道の設計図を描いた夜。

 月明かりの下で、ペニシリンの完成を一人祝った明け方。

 孤独だったけれど、充実していた。苦しかったけれど、誇らしかった。

「ありがとう。でも、もう十分よ」

 シャーロットは深く一礼して、新しい人生へと歩み出した。

 馬車が王都の門を抜けた瞬間、彼女は両手を高く掲げて大きく伸びをした。

「さあ、これから私のスローライフが始まるのよ! 小さなカフェを開いて、美味しい料理を作って、お客様の笑顔を見て……ああ、考えただけで幸せ!」

 御者が驚いて振り返ったが、シャーロットは構わずに続けた。

「もう誰かのためじゃない、私のための人生! なんて素敵な響きなの、スローライフ!」

 オレンジ色の夕陽が地平線に沈もうとしていた。その光に照らされたシャーロットの瞳は、八年ぶりに――いや、もしかしたら生まれて初めて――純粋な希望に輝いていた。

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 追放令嬢のスローライフなカフェ運営 ~なぜか魔王様にプロポーズされて困ってるんですが?~   50. 紅蜘蛛の巣

    「田舎の親が倒れちゃって、急遽行かなくちゃならないのよ……」「あらら、それは大変ですね」「そうなのよ。でもこんな直前に取りやめたら迷惑かけちゃうじゃない? 誰か切り盛りできる人を探してるんだけど……」 すがるような視線が向けられる。「良かったら、お願いできない?」「へ? 私がですか!?」 シャーロットは目を丸くした。「カフェを開くんでしょ? この街を知るいい機会にもなるはずよ?」 店主はニコッと微笑む。 出店をを……出す……? トマトがないこの世界でオムライスを出せば、間違いなく大成功するだろう。 店主の期待にも応えられる。 でも――――。(そんな悠長なことしてる場合じゃない) 自分の使命は【|黒曜の幻影《ファントム》】の捕獲。 出店なんて出している暇は――。 その時だった。 シャーロットの中で、何かがチリッとスパークした――――。(え……? ……待って) 思考が、急速に回転し始める。(トマト……?) 心臓が、ドクンと大きく脈打った。(そうよ……【|黒曜の幻影《ファントム》】だって、元は|万界管制局《セントラル》の職員なんだから、トマトの美味しさを知ってるはずだわ!) そして、この世界にはトマトがない。 もし、ルミナリア祭でオムライスを出したら――――。「そうよ!」 シャーロットは弾かれたように立ち上がった。「これだわ!」 驚く店主の手を、両手でがっしりと掴む。「やります! やらせてください!!」 瞳が、希望の光でキラキラと輝いた。(聞き込みで見つけられないなら

  • 追放令嬢のスローライフなカフェ運営 ~なぜか魔王様にプロポーズされて困ってるんですが?~   49. カフェなら

     そんな中、八百屋の店先で一つだけ些細な発見があった。(やっぱり……) 色とりどりの野菜が山と積まれた中に、あの赤い宝石のような姿はない。(この世界にも、トマトはないのね……) シャーロットの顔に、寂しい笑みが浮かんだ。 脳裏に浮かぶのは、『ひだまりのフライパン』の看板メニュー。(もしここで『とろけるチーズの王様オムライス』を出したら……) ふわふわの卵に包まれたケチャップライス。 とろりと溶けるチーズ。 そして何より、トマトの酸味と旨味が凝縮された真っ赤なソース――――。 きっと、この世界の人々を驚かせ、虜にするだろう。(って、そんなこと考えてる場合じゃない!) 慌てて頭を振り、妄想を追い払った。今は捜査に集中せねばならないのだ。     ◇ 半日かけて市場を回り尽くしたが、成果は完全にゼロ。 シャーロットは噴水の縁に腰を下ろし、顔を両手で覆った。(どうしよう……本当にどうしよう……) 初日でこの有様では、先が思いやられる。 誠さんに何と報告したらいいのだろう? 『何の成果もありませんでした!』なんてどんな顔で報告したら――――。 シャーロットはぎゅっと目をつぶった。(聞き方が悪いのかな……) いや、そもそものアプローチが根本的に間違っているのかもしれない。(もし私が【|黒曜の幻影《ファントム》】だったら……) 目を閉じて、想像してみる。 この中世ヨーロッパ風の大都市。石畳の道、運河、白亜の建物。 システムをハックしながら、人目を避けて生きる日々。 孤独で、誰とも深く関わらず、でも人恋しさは消せない。どこへ行く――――?「あっ

  • 追放令嬢のスローライフなカフェ運営 ~なぜか魔王様にプロポーズされて困ってるんですが?~   48. 完璧な変装

    『でもまぁ』 誠の声が、急に優しくなる。『その天然ボケが、聞き込みには合ってそうだから期待してるよ。はっはっは』「て、天然ボケって……」 シャーロットは頬を膨らませた。『いやいや、いい意味でだよ』 誠は慌てて付け加える。『明朗快活、のびのびと自分の道を行くキミには、我々にない視点があると思うんだ』 温かい励まし。『システムに詳しい我々は、どうしても理詰めで考えてしまう。でも、キミなら違う角度から【|黒曜の幻影《ファントム》】を見つけられるかもしれない』「そ、そうですよ!」 シャーロットの顔が、パッと明るくなった。「私、絶対に【|黒曜の幻影《ファントム》】を見つけて……」 グッと拳を握りしめる。「私の世界を取り戻すんです!」 あの三分間の記憶が、胸を熱くする。 彼の温もり、優しい声、そして最後の約束――『ひだまりのフライパン』で、また会うのだ。『ははは、その意気だ』 誠も笑った。『まずは、その先にある市場からね。朝市の時間だから、人も多いし、情報も集まりやすいはず』「ラジャー!」 シャーロットは敬礼のポーズを取った。 そして、中世ヨーロッパ風の編み込みが施されたカーキ色のワンピースの裾を整える。それは田舎から来た純朴な娘――中身は神の力を操る元転生カフェ店主――完璧な変装だ。(【|黒曜の幻影《ファントム》】を見つければ、それだけでゴール!) ふんっと鼻息を荒くする。(なんて簡単なお仕事! 今日中に決めてやるんだから! ゼノさん、待っててね!) キュッと口を結ぶと、シャーロットは意気揚々と大股で歩き始めた。       ◇ 石畳の道の先には、色とりどりのテントが立ち並ぶ市場が見えてくる。 野菜や果物の山、香辛料の匂い、魚を売る威勢のいい声

  • 追放令嬢のスローライフなカフェ運営 ~なぜか魔王様にプロポーズされて困ってるんですが?~   47. 宙に浮く田舎娘

    「そう。でもね」 誠の目が、真剣に光った。「【|黒曜の幻影《ファントム》】を捕まえない限り、多くの地球がハックされ続ける。無数の人々の平和な暮らしが、奴の気まぐれで壊され続ける」 そして、少し声を落として。「美奈ちゃんも、これでかなり頭を痛めているんだ」 期待のこもった視線を向ける。「もし、キミが見つけたとしたら……それは間違いなく大成果だよ」「ほ、本当ですか!?」 シャーロットの目が輝いた。「じゃあ、見つけるだけでも、私の世界は復活できるってことですか?」「ああ、きっと十分だと思うよ」 誠は頷いた。 うわぁぁぁ……。 ゼノさんに会える。 カフェを再開できる。 あの温かな日々が戻ってくる――。「でも……」 現実的な問題に戻る。(どうやって見つけよう?) 渋い顔で腕を組む。 シャーロットにはシステムの知識がない。できることといえば、街のライブ映像をじーっと眺めるくらい。でも、それで変幻自在のテロリストを見つけられるはずもない。「うーん、まぁ……」 誠は頭を掻いた。「とりあえず研修……からかな?」 苦笑いを浮かべながら、新しいプログラムを起動する。「まずはチュートリアルを受けてみて。基礎の基礎から始めよう」 誠はニヤリと笑う――――。 再び、シャーロットの体が光に包まれた。「えっ、ちょっと……」 言いかけた言葉は、白い光の中に消えていく。 次の瞬間、シャーロットはまた真っ白な空間に立っていた。(研修……か) 大きく息をつく。 この世界のシステムなんて分からない。

  • 追放令嬢のスローライフなカフェ運営 ~なぜか魔王様にプロポーズされて困ってるんですが?~   46. 黒曜の幻影

     でも――。 次の瞬間、ゼノヴィアスの体が透け始める。「あぁっ!」 霧のように、薄れていく愛しい人。「ゼノさぁぁぁん!」 シャーロットは必死に抱きしめようとした。でも、その手は虚しく空を切る。「また、カフェで会おう!」 最後に残った笑顔。 いつもの、不器用だけど優しい笑顔。 そして――。 完全に――消えた。「ゼノさん! ゼノさぁぁぁん!」 真っ白な空間に、シャーロットは崩れ落ちる。「うわぁぁぁぁん!」 慟哭が、何もない世界に響き渡っていった。 でも、唇にはまだ彼の温もりが残っている。 シャーロットは唇をそっと撫で、また涙をこぼす――――。 必ず、必ず成し遂げてみせる。 その決意を、涙と共に白い空間に刻みながら。      ◇「あれほど三分って言ったのに……」 オフィスに戻ると、誠がジト目でシャーロットを見つめていた。 その表情は呆れているようで、でもどこか優しさが滲んでいる。「ご、ごめんなさい……」 シャーロットは肩を縮こまらせた。「三分って、本当にあっという間だったので……」 まだ頬は涙の跡で濡れている。唇には、彼の温もりが残っている。たった三分――でも、無限の勇気をもらえた時間。「まぁいいよ」 誠は苦笑いを浮かべて手を振った。「それだけ大切な時間だったんだろ? 俺が美奈ちゃんに怒られるだけだから、気にしないで」「ほ、本当に申し訳ありません!」 シャーロットは深々と頭を下げた。この人の優しさが、胸に染みる。「で、早速なんだけど……」 誠の表情が、急に真剣なものに変わった。「キミへのミッションにつ

  • 追放令嬢のスローライフなカフェ運営 ~なぜか魔王様にプロポーズされて困ってるんですが?~   45. 勇気をちょうだい

     やがて――。 ヴゥゥゥン…… 空間が震え始めた。 白い世界に、小さな歪みが生まれる。 それは次第に大きくなり、人の形を取り始めて――。「あ……」 立派な角。 漆黒の髪。 深紅の瞳。 紛れもない、魔王ゼノヴィアスがそこに出現した。「ゼノさん!!」 シャーロットは叫ぶ。 考えていたことも、伝えたかったことも、すべてが吹き飛んで、ただ本能のままに彼の胸に飛び込んだ。「うわぁぁぁぁん! ゼノさぁぁぁん!!」 涙が止まらない。 広い胸に顔を埋め、ただひたすらに泣いた。 彼の温もりを、匂いを、存在を、全身で感じながら。「お、おぉ、シャーロット……」 ゼノヴィアスは明らかに戸惑っていた。「ど、どうしたのだ……? なぜそんなに泣いて……」 大きな手が、おずおずとシャーロットの背中に回される。「会いたかったの」 しゃくり上げながら、必死に言葉を紡ぐ。「会いたかったんだからぁぁぁ……」「ふはは、どうしたのだ?」 ゼノヴィアスは困ったように、でも優しく笑った。「我も会いたかったぞ? いつもシャーロットのことばかり考えておるのだから……」 その大きな手が、そっとシャーロットの髪を撫でる。 不器用で、でも限りなく優しい手つきで。 シャーロットは耳を澄ます――彼の心臓の音が聞こえてくる。 ドクン、ドクンと、いつもより速く脈打っているのが分かる。 思い切り、彼の匂いを吸い込む。 もう二度と感じられないかもしれない、この匂いを、体中に刻み込むように。「好き……」 

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status